『あなたが、いなかった、あなた』文庫版刊行


北海道の東川フォトフェスタに行ってました。
非常に有意義だったのですが、詳細はこちらでどうぞ。http://fotofes09.exblog.jp/
連日、ジンギスカンや鹿肉を食べて、完全に肉食系男子になってます。
写真は、今年初めての花火です。


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低くて近いので、なんとなくかわいく撮れてます。



さて、それはそうと、文庫版の『あなたが、いなかった、あなた』が8月1日に刊行されました。


あなたが、いなかった、あなた (新潮文庫)

あなたが、いなかった、あなた (新潮文庫)


前のエントリーにも書きましたけど、これは、僕の第2期(短篇期)の締め括りの作品で、このあといよいよ、『決壊』、『ドーン』と続く第3期に入ります。
そういう意味では、振り返れば、過渡期的な作品ということになるのでしょうか。


短篇は、「鏡」のような1行だけのものから、「最後の変身」のように200枚以上あるものまで、この間、全部で25作書きましたが、それなしに一気に『葬送』から『決壊』までジャンプすることが出来ないというのが、人間の歩みの地道なところです。人間というか、僕の話ですが。


考えられる限りの色々なことをやりましたので、好き嫌い、賛否両論がとりわけ顕著だったのがこの時期ですが、耳の痛い感想も、第3期の大きな仕事へと進む上で、参考になることが多かったです。そういう意味では、昔から僕の本を読んでくださっている方たちには、感謝しています。
人の好みがどんなに多様かということもよーく分かりました。集計したわけではありませんが、25作中のどれが面白くて、どれがつまらなかったかというのは、本当にバラけています。
これまた前のエントリーにも書きましたが、『決壊』や『ドーン』を読んで、この第2期を振りかえると、それぞれの短篇に、後に発展するテーマが、色んな形で発見できると思います。


……と、書くと、なんだか先を見据えた実験ばかりやっていたみたいですが、ひとつひとつの作品は、もちろん、それぞれに独立した世界です。


『あなたが、いなかった、あなた』というタイトルですが、これは、「貴方が、いなかった、彼方」と「貴方が、いなかった、貴方」の二つの意味を込めています。


もともと、「あなた」というのは、「此方(こなた)」に対して「彼方(あなた)」ですから、「あっち」という場所を指す意味から、「あっち」にいる人=貴方を指すようになった言葉です。
そういうわけで、「貴方がいなかった、どこか遠い彼方の物語」という意味と、「貴方はいなかったけれど、貴方自身のことだったかもしれない物語」という意味とがかけてあって、「身体」と「メディア」がテーマになっている本作にピッタリな、良いタイトルだと思っていたのですが、あんまり褒められた記憶がありません(笑)。


「やがて光源のない〜/『TSUNAMI』」は、寿命と突然死との対比という、僕のいつもながらのテーマです。それに、「からだ」と、広義のマスメディアとの対比を重ねました。
「砂」が、両者をつなぐ象徴です。


「『フェカンにて』」は、「高瀬川」と同じ「大野」という人の話です。


「女の部屋」は、ものすごく注意深い人は、このテキストに意味があることに気がつくと思いますが、そんなヒマのない人は、文字をくりぬいた空白部分が、なぜか光を放っているように見えるという、視覚的な面白さだけを楽しんでください(笑)。
ちなみに、下に書いてある「0.002/0.035(g)」とかいう数字は、見開きあたりのインクの重さです。某研究所で実際に量りましたが、文庫化に際しては量り直していません。
印刷所のインクを見れば一目瞭然ですが、活字には、重さと体積という物理的な現実があるわけで、そこがネット空間を行き交う文字と違うところです。テキストの意味は、それと関連するといえばするのですが。
ある意味では、「文字による彫刻」のような作品です。


「母と子」は、ハードカヴァー版とレイアウトを変えました。小説の登場人物というものが、一体どうやって形作られているのか、考えるヒントになると思いますが、興味のない人は、スルーしますかねぇ。
いかにも知的に作られたような作品に見えるかもしれませんが、母子家庭で育った僕にとっては、エモーショナルなところから出てきている話です。
「クロニクル」は、「父と子」の話ですから、対になっています。


「義足」や「モノクロウムの街と四人の女」には、『かたちだけの愛』に続くテーマが含まれていますが、テイストは全然違います。


「慈善」は、サブプライム問題が発覚する以前の「経済のグローバル化」が語られていた時期の話として、リアリティがあるんじゃないでしょうか。


武田将明さんが、「オルフェウスの仮面」というあとがきを書いてくださっています。
そちらもお楽しみください。