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MOMAのピカソ


MOMAに行くと、結局のところ、20世紀の美術はピカソとウォーホールってことで良いんじゃないかという気がしてきます。もちろん、それはMOMAだからで、ポンピドゥーに行けば、いや、カンディンスキーかなとか、デュシャンかなとか、またいろいろ考えるわけですが。20世紀前半と後半とで、全然違いますね。


いま、日本でピカソ展をやってますけど、行きたいような、行きたくないようなという感じです。
パリのピカソ美術館でもそうですし、MOMAでもそうでしたけど、僕は、ピカソの作品を大量に見ていると、いつも、何とも言えない、イヤァな気分になってきます。本当に、心底、嫌になりますね。同時代の画家たちは気の毒ですよ。


昔、誰がつけたのか、スタン・ハンセンのことを「ブレーキの壊れたダンプカー」と言っていて、僕はこのコピーがかなり好きでしたけど(「ブレーキ『が』」じゃなくて、「ブレーキ『の』」というところがまた、なんとも)、ピカソを見ていると、本当に、停止ボタンが壊れてしまった造形マシーンのようで、次から次へと、よくもまぁ、こんなの作るよなと、感心しすぎて、段々ウンザリしてきます。もういいです、ホント、勘弁してください、ごめんなさい、みたいな。しまいには、なんか、悪いことしたかな、オレ?とか、考えてしまいますね。
逆説的ですけど、却ってウォーホールの方が、機械的じゃないというか、人が色々考えてやってることという感じがして、ある意味、人間味があるというか(笑)、なるほどね、とか思います。


こんなの、作られたら、笑ってごまかすしかないです。↓


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そう言えば、今の金融危機は、近年の現代アートのバブルも崩壊させるんでしょうか?
「価値付け」というのが、本当に不安定な現代の社会では、今後も、好景気→不景気という緩やかな景気交代とは別に、バブルとその崩壊というワンセットも際限なく繰り返されてゆくことでしょう。