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ITを活用した所得の再分配システム


先週出演した「クローズアップ現代“助けて”と言えない〜共鳴する30代〜」は、反響の大きかった去年の番組の続編でした。
今の30代についての僕の考えや思いは、前回のコメントと、それを補足したブログ http://d.hatena.ne.jp/keiichirohirano/20091011/1255223063 をご参照ください。


親に自分の窮状を話せないという心情は、親の前での分人、あるいは親の自分に対する分人に、社会的に苦境に陥っている自分の分人の存在を「混ぜたくない」、「リンクさせたくない」という意味で、よく理解できます。
『ドーン』でも、明日人と今日子という夫婦を通じて、僕は、その人といる時の自分の分人が、一番「生き心地がいい」、一番「好きだ」と思っている時、その相手に、トラブルの渦中にある分人を知ってもらうべきかどうかという問題を描きました。
僕の意見は、分人は、関係空間ごと、環境ごとに生じるものですから、結果としてそういう分人を今抱え込んでいるということは、客観的に相談すべきだというものです。
ただ、決して簡単ではないですから、その時にやっぱり問題になるのは、「愛情」だと思います。『ドーン』で「愛」をテーマにしたのは、そういう理由です。


僕は、分人主義的な生き方の一つの説明として、こういう話をします。
「個人」という分割不可能な単位を、仕事なり、恋愛なりに、一点集中で「投資」してしまうことは、明らかにハイリスク、ハイリターンです。子供の頃から、たとえば野球に全身全霊を打ち込んで、ハイリターンでメジャーリーガーにでもなれば、華々しいですけど、もちろん、そうならない可能性も非常に高いです。
分人主義的な生き方というのは、自分という資産の分散投資のようなものです。
恋人との分人がイマイチでも、仕事の関係者との、あるいはブログ上、SNS上の分人が好調なら、±で、ちょっと+かな、というような考え方です。
僕は、そう考えることで、随分と気が楽になっています。自分を全部、嫌いになる必要がありませんし、満更でもない分人を生じさせてくれる人、環境に対して感謝の気持ちが芽生えます。
「自分という資産」と言いましたが、どこかの分人が、生き心地がいいのなら、徐々にそこに資産を集中していけばいいのです。恋愛している分人の比率を大きくするとか、仕事をしている分人の比率を大きくするとか。
人によっては、些細な違いに見えると思いますが、僕が「分人」という概念を、「仮面」や「キャラ」と区別する必要を感じたのは、そういう考え方がしやすくなるからです。



勿論、経済的な困窮に対しては、同時により具体的な対処も必要です。
僕はスタジオで、「寄付」の話をしましたが、本当に言いたかったことは、ITを利用した、政府を経由しない所得の再分配システムの必要性です。


作家になってから、僕は毎年、少額ながら寄付をしてきましたが、それは正直、ユニセフ国境なき医師団などの海外向け、あるいは今回のハイチのような災害向けばかりでした。その傾向は、日本のセレブ、一般企業、あるいはテレビ番組などにも見受けられます。
もちろん、海外への寄付も重要ですが、どうして、国内向けではないのか。そのことをこの1、2年、僕自身が自問していました。


たとえば、19世紀のフランス社会には、歴然とした階級格差があり、しかも、政府には十分な所得の調整システムがなかったため、それを是正するものとして、富裕層が積極的に慈善活動を行って、政府を経由せずに所得を再分配する工夫を行っていました。背景にあるのはキリスト教精神です。必ずしも十分ではありませんでしたが、その伝統は、今も残っています。


クローズアップ現代」に出演して感じたことなんですが、番組を見て、「他人事と思えない」と共感した人が多かったのと同時に、何かしたいけど、何をすべきか分からないまま、1日経ち、2日経って、結局何もしなかった、という人も非常に多かったということです。
その結果、何もしていない自分に、何か言う資格があるのかという後ろめたさから、貧困問題に対しては、まったく沈黙してしまうことになる。これは、悪循環です。


実際、僕に対しても、お前なんかに貧困について語る資格があるのかという意見は勿論ありますし、僕はその声を受け止めます。当然ですが、NPOなどで、具体的な活動をされている方の意見をこそ、一番に傾聴すべきです。が、僕を含めて、今は少なくとも生活に困窮していない人が、みんな黙り込んでしまい、無関係でいようとすることは、社会にとって決していいことではありません。少なくとも、そういうことを考える分人を持ち続けるべきです。


僕は、スタジオでも言いましたが、人の心は移ろいやすいもので、人間の善意も、基本的には「はかない」ものだと思います。
番組を見て、なんとかしたいと思い、2、3日経ってすっかり忘れてしまっているというのも、人間の一つの姿です。ただ、せっかく一瞬、人の心に萌したその善意を、取り逃がさないシステムを、ITを活用して作るべきではないかというのが、僕の提案でした。


具体的には、携帯電話などを通じて、親指一本でただちに寄付が出来るようなシステムを整える。月々の寄付については、たとえば携帯会社の料金明細表に記録が残って、きちんと税控除の対象になる。
僕の考えでは、政府が一旦、税金を吸い上げて、その使い道を政治家が議論し、数年がかりで再分配するという手間ヒマをすべて国民が自分たちで引き受けるわけですから、税控除は今の−5000円の所得控除で、上限が所得の40%というよりも、もっと大幅であるべきです。


そうした政府経由の膨大な時間とコストのかかる方法ではなく(あるいはそれを補完するために)、即座に、またきめ細やかに、所得の再分配がNPOなどへの寄付を通じて行われるシステムが必要だと思います。
僕は人間の善意を信じていますが、それを過信したシステムは、うまくいきません。「何かしたい」と思っている多くの人が、結局、何もしないのは「手間ヒマ」のためです。しかし、その「手間ヒマ」を、ITの活用で大幅に簡略化すれば、「はかない善意」を具体化したいと思っている人は多いはずです。
気に入らないことに税金を使われるくらいなら、自分で関心のあるところに寄付をして、その分税控除してもらった方がよほどいいと思う人も多いでしょう。


このシステムは、心理的にも大きな意味を持っていると思います。上述のような理由で、貧困問題に関心はあるけれど、発言はしにくいと思っている人も、その民間の所得の再分配ネットワークに少額であれ参加していれば、沈黙せずにすむと思います。他方、「助けて」と言えずに、NPOなどの支援を拒んでいる人も、自分の生活が安定してきた時には、自分が今度は、寄付をする側として、そのネットワークに参加すればいいと考えるべきです。そうすれば、一度「助けて」と言うことが、人生の決定的な「敗北」を意味するというふうに考えなくてすみます。あるいは、余裕のある時に、事前に寄付しておけば、自分が窮地に陥っても、当然のこととして、システムを利用できます。


クローズアップ現代」に出演した翌日、僕は、「東京都若者総合相談(・э・)/若ナビ」http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2009/11/20jbj800.htm の公開研修会に参加しました。
東京都が設置した若者向けの相談窓口で、必要な方は、気軽に利用されるといいと思います。
そこで、精神科医で「若ナビ」監修者の田村毅さん、NPO法人「育て上げ」ネット http://www.sodateage.net
の工藤啓さん、マイクロソフトの龍治玲奈さんとお話しさせていただいたのですが、工藤さんの意見では、寄付が海外向けになりがちな理由の一つは、100円で出来ることが、海外の方が遥かに大きいため、寄付者が効果を実感しやすいからではないかとのことでした。確かに、それはあるかもしれません。
NPOで地道に活動されてきた方がいる一方、一般には、国内の貧困問題がこれまであまり深刻に考えられてこなかった、あるいは「自己責任」として切り捨てられてきた、というのもあるでしょうし、海外への寄付の方が、企業の場合、イメージ戦略を立てやすいというのもあったのだと思います。


他方、龍治さんは、まさしくITを活用した企業の社会貢献がご専門で、色々とその具体例を伺うことが出来ました。ご参考までに、こちらをご覧ください。 http://whosereal.causepark.jp/csr/csrcsr.html


貧困問題は、すぐに出来ること、中長期的に実現していくべきことなど、幾つかの時間軸で考える必要があります。長期的には、ベーシック・インカムの導入も検討すべきでしょうが、個人的にはもうちょっと勉強する必要があります。ここで提案した、ITを活用した所得の再分配システムは、もっと簡単に実現できることだと思います。
当面は、今の状況の中で一人一人が何かをすべきですが、これまで海外の寄付だけをしてきた人は、国内の方に幾分か振り分けてみるというのも一つだと思います。僕も今後は、そうするつもりです。


番組に一緒に出演された奥田さんの北九州ホームレス支援機構 http://www.h3.dion.ne.jp/~ettou/npo/top.htm