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対談@『新潮』、鼎談@『文學界』


先日、ポーランド大使館でショパンについての講演をしてきたのですが、ピアニストの方と会うと、『葬送』の感想を聴かせてもらうことが多くて、あれは本当に愛されている作品なんだなとしみじみ感じます。作家冥利に尽きます。分厚いですし、読者を選ぶ小説ではありますが。


僕の前に講演したポーランド人のヨランタ・ペンカチュさんは、当時のパリのサロンの中でも、ショパンがどの辺に出入りしていたかというようなことを詳細に研究されている方で、話が合いました。僕のその辺の知識は、アンヌ・マルタン=フュジエの『優雅な生活』という本に負うところ大なのですが。19世紀のパリに興味のある方は、ご一読を。分厚いですけど、面白いです。


昨日は丸一日、プロジェクトCのために、ものすごく真剣にショパンを聴き続けて、さすがにくたびれ果てました。
セレクションという作業は、本当に難しいです。この前のアナ・ウィンターの映画でも、正直、どっちでもいいような二枚の写真を、ほとんど根拠も示さずに、これはダメ、こっちはOK、と決めていくところに妙に感心しました。彼女はそれで、雑誌を1000万部も売ってるのですから、誰も何も言えないわけですが。


プロジェクトDの方は、僕はノータッチのまま、着々と進んでいます。
森野和馬さんのブログでも途中経過が見れます。http://d.hatena.ne.jp/kazumaM/
かなり、かっこいいです。この時点で、何の「D」か、お分かりの方もあると思いますが。
完成が楽しみです!


文芸誌の新年号では、『文學界』で、西垣通さん、前田塁さんと、「テクノロジーと文学の結節点」という鼎談をやってます。西垣さんの『基礎情報学』という本には、僕は随分と影響を受けました。


『新潮』では、東浩紀さんと「情報革命期の文学」という対談をしています。
テーマが近いので、若干被っている内容もありますが。
東さんとは、デビューは同じくらいですが、実はお会いしたのは初めてです。
目下、非常に重要だと考えていることについて話したのですが、同じ号に掲載されている大江健三郎さんと古井由吉さんの対談を読んで、あと35年も経つ頃には、自分もこんな対談が出来るようになっているのだろうかと、考えさせられました。そういう意味では、今、僕の中には、文学を外側に開いていきたい気持ちと、文学に内向したい気持ちとの矛盾があります。結局、どっちも必要なのですが。


他方で古井さんが最近出された『人生の色気』という本を読むと、驚くほど的確に、今、文学が直面している困難が、環境の側から指摘されていて、頭が下がりました。当然といえば当然なのでしょうが、古井さんは携帯電話もパソコンもお持ちでないにもかかわらず、認識としては、我々が『新潮』で対談した内容と、けっこう重なる部分がありました。


来年に向けて、課題山積です。