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筑紫さんのこと


筑紫哲也さんが亡くなられてから、一週間ほどが経ちました。
本当に、残念です。
先日の追悼番組を見ていて、また改めて色々なことを思い出したのですが、今年に入ってから、あんなに急激に病状が悪化していたとは全然知りませんでした。
僕は、母方の祖父がやっぱり煙草好きで、74歳で肺ガンで亡くなっているので、見ていて余計に辛かったです。


筑紫さんに最初にお目にかかったのは、『日蝕』で芥川賞を取って、「NEWS23」でインタヴューをしていただいた時で、以後10年間、決して頻繁ではなかったのですが、色々な場所で折に触れてお目にかかって、いつも楽しくお話しさせていただいてました。お酒を飲みながら、というのが多かったですね。
あと、『文明の憂鬱』が文庫化される時には、「波」に文章を寄せてくださいました。


色んな思い出がありますが、ひとつだけ。
確か、第2回目のアルゲリッチ祭の時、僕は北九州の実家から車で別府まで行っていたのですが、コンサート終演後、ビーコンプラザという会場を筑紫さんと一緒に出た時に、ものすごい勢いで、おばちゃん達に囲まれてしまったんですね。で、ロビーでボヤボヤしていると、いよいよ身動きが取れなくなりそうだったので、咄嗟に、
「僕も同じ杉の井ホテルに泊まってますんで、車でお送りしましょうか?」
と言うと、
「あ、そう? 車あるの? じゃあ、乗せてもらおうかな?」
ということになって、駐車場まで二人で走って逃げていって、助手席に乗ってもらったんです。
で、そのまま車を出したんですが、走り出してすぐに、
「いやぁ、助かった。ありがとう。車、いつも運転するの?」
と尋ねられたので、
「いや、ペーパーなんで、3年ぶりくらいなんですよ。」
と答えたのですが、その時に、一瞬、「えっ?」という顔をされて、すぐにまた、「ああ、そう?」と笑われたのが妙に鮮明に記憶に残っていて、それがまた、なぜか訃報を耳にした時に、ふと思い出されました。
車に乗った時に、ヘッドライトをつけようとして、間違ってワイパーを動かしてしまった時から、多分、薄々感じてらしたのだと思いますが。。。
杉の井ホテルまでの道は、小高い丘をクネクネ曲がりながら上って行くような細い道で、ここで事故でも起こしたら大変だなとか思いながら、ものすごく真剣に運転したのを覚えています。
そのあと、ホテルに着いてから、アルゲリッチの打ち上げの席かなんかで、遅くまで一緒にお酒を飲んだのですが。……


なんと言うこともないようなエピソードですが、まだ筑紫さんにお目にかかったのも2度目くらいの頃で、しかも、東京から遠く離れた別府でのことでしたから、妙に印象に残っています。
こう書いている間にも、懐かしい思い出が色々と蘇ってきて、もっと別のことを書くべきだったかなとか、ちょっと感じたりもしていますが。


ジャーナリストとしての筑紫さんについては、色んな人が色んなことを語ってますけど、とにかく、僕が個人的におつきあいさせていただいた筑紫さんは、本当に魅力ある人だったし、そういう人の言葉をこそ僕は真剣に受け止めます。
あんなに「若者」に対してルサンチマンがなくて、優しかった人はいないでしょう。


心から、ご冥福をお祈りします。